超少食ファスティングなるもの
滋賀県を流れる安曇川のほとりに、「藤樹の宿」なる古民家がある。
もともとは呉服屋であった家屋を、愛知県から移住してきた老夫婦が買い取り、民泊仕様に改装。断食指導歴25年の大ベテランのご主人が、ここで断食道場を開いている。
ひょんなことからこの道場を知ったとら子は、例のごとく思い付きで、3泊4日の宿泊体験を予約した。
さて、断食といっても、ここでは完全に食事を断つような指導はしない。
それは、ご主人の断食指導経験にもとづく方針であった。
もともと愛知県で断食道場を営んでいたご主人は、水と塩のみによる断食で、体験者の体調不良が続出したことに疑念を覚えたという。
水と塩でダメならばと、ご主人がとった次なる策は、酵素ジュースを飲みながらのファスティングであった。
しかしながら、酵素ジュースは、その製造過程において白砂糖を大量に使うため、ご主人いわく「白砂糖中毒になってしまった」とのこと。アンパンなどの甘い食べ物が、欲しくて欲しくてたまらなくなり、結果かなり太ってしまったという。
断食道場なのに指導者が太っているとは何事かというクレームが相次ぎ、あえなく失敗となった。
このような艱難辛苦をのりこえ、ご主人がついに見出したのが、「超少食ファスティング」である。
朝食は、植物性ヨーグルトとスムージー。
昼食・夕食には玄米40g、汁物60g、おかず(3種程度)60gを提供する。
食事の時間は、朝8時、昼12時、夜17時と決まっている。
断食感は、まるでない。けっこうしっかり食べられるのである。
はたして、とら子の3泊4日のファスティングもどき生活が幕を開けた。
1日目。JR安曇川駅からコミュニティバスに乗り、藤樹の宿に到着。日に焼けた小柄なおじいちゃん、もといご主人が、迎えてくれた。
簡単なオリエンテーションを済ませ、部屋に案内される。6畳ほどの和室であった。
室内には、テーブルと座椅子、物干しとハンガー4つ、空気清浄機、布団があった。
夕食まで、部屋でゴロゴロしながら時間をつぶす。
17時になった瞬間、ターン!という軽快な音を立てて、ふすまが開かれた。
「!!!!!」
完全に油断していた。畳を海に見立て、トドのように寝ころんでいたとら子は、飛び起きた。
「夜ごはんです」
驚愕のとら子をよそに、輪島塗の立派な御膳をテーブルに置くご主人。
淡々と料理の説明をしてくれるが、動転のあまり、内容は頭に半分も入ってこなかった。
てゆーかこの部屋、鍵ないやんけ。
夕食は、玄米と味噌汁、納豆にプチトマト、小松菜の和え物、瓜の漬物、にんじんのラぺであった。
1口につき、48回噛むようにとの指導を受け、もそもそ食べるとら子。
普段自分がいかに食べ物を噛まず、飲み込んでいるかを思い知ることとなった。
ちなみに料理は、死ぬほどおいしかった。良い素材を使っているのがよくわかった。
18時からは、ファスティング講習である。
2階にある、談話室のようなところへ移動すると、ご主人が出版した本をいただいた。これがテキストとなるようである。
「はい、3ページひらいて!」
かくして講習が始まるわけだが、「断食をはじめたのはモーセである」という導入に、早くもとら子の偏桃体が反応する。
その後は、サーチュイン遺伝子・オートファジーなどそれっぽい単語が出てきたり、唐突な安倍首相への批判が行われたのち、「日本人がユダヤ人に勝てないのは断食をしないから」というやや飛躍した理論が出てきたりして、30分の講座が終了した。
ひらいた3ページには、一度も触れられなかった。
講座終了後は、入浴して就寝である。20時に爆睡したのは久しぶりであった。
翌朝は、6時に起床し、安曇川を下って琵琶湖畔まで散歩した。
湖に足をつけてみると、水が澄んでいて気持ちよかった。しばらくそこで読書をしていた。
帰宿すると、朝食である。
すきっ腹に、スムージーが染みわたる。豆乳でできたヨーグルトには、甘酒がかかっており、クコの実とミントが添えてあった。ミントは自家製のものだという。良い香り。
朝食を終え、ボケーっとしていると、再びふすまがターン!と開かれる。
「!!!!!」
「食べ終わりましたか?」
食後はすぐに皿を炊事場にもっていくのが、ここの暗黙の掟と理解した。
湖畔だろうが川のほとりだろうが、暑いものは暑い。
とても出歩ける状態ではなかったため、ひたすら本を読んで、うたたねして過ごす。
そして、ファスティング講座を受ける。
以降、そんな毎日であった。ただひたすら、ご飯がおいしかった。
最終日に近づくにつれ、部屋のふすまを開けられることへの抵抗もなくなった。
講座の最初こそ、「宗教系か?勧誘されてしまうのか?」と、警戒MAXのとら子だったが、ちゃんと耳を傾けると、ご主人はとにかく一生懸命な人だった。
しゃべりながらヒートアップしてしまい、言葉不足になってしまうことや、少し固い表情が誤解を与えやすいだけで、信じた道を突き進む人だった。
ご主人は、HPやブログでの情報発信、また、ZOOMを利用した遠隔ファスティング指導など、様々な工夫を凝らして顧客をつかんでいる。なんと、宅配で食事を届けてくれるサービスもあるという。
時代の変化にのまれず、新しいツールをどんどん取り込んでゆく、ご主人のバイタリティに何より感銘を受けた。
掃除や畑仕事などに忙しい働き者なご主人と、陰ながら支える奥さま。奥さまにお会いすることはかなわなかったが、素敵なご夫婦だなぁとしみじみ感じたとら子だった。
あっという間の3泊4日を終え、帰宅。
体重は1kgしか減っていなかった。
懲りもせず、ロイヤルホストのメニューを眺めては、次に食べるご飯を考えている。
何なら、帰りのバスの時点でマクドナルドに直行することを考えた。
いったい何を学んできたというのか。
今日も、食べながら悩むとら子であった。